最低映画評論家「福本次郎」

映画を観るとき何を参考にされるでしょうか?

雑誌の紹介、テレビCM、映画館で予告を見て。
いろいろあると思います。

中にはどこかで作品のレビューを読んで評価が高ければ見るという方もいるでしょう。
ですのでプロの映画評論家が書いたレビューには特別の価値があります。

僕などもそういった論評を読むと「なるほどなあ」などと思ったりします。

ところがここに映画評論家なのに映画が全く読めないという稀有な能力の持ち主がいます。
その名は「福本次郎」。
今回は福本先生の書いたレビューを読みながら先生がどんなトンチンカンなことを言っているかを紹介していきます。 
※福本先生はネタバレ評論家なので下記はほぼ全てネタバレしています。
結末を読み間違えていることも多いので、あまり気にする必要はないですがその旨ご了承下さい。


まずは軽いジャブから。

『歩いても 歩いても』 2006(日)

歩いても歩いても


台所での母娘の会話、3世帯がそろった食卓で交わされる話題の数々、さらに夫婦・親子といった関係の中で、
登場人物がのセリフのすべてが生活に根ざしたリアリティにあふれている。

食材の選定に始まって、思い出のアルバムやレコード、老親介護や嫁が感じる居心地の悪さ。
一見開け放たれたこの家の居間のようにオープンだが、彼らの心には、
家族だから言えることと家族だからこそ言えないことが幾重にも混ざり合って鬱積している。

穏やかな夏の日、老父母に会いに行くのが義務化して気が進まない主人公に共感するうちに、
日常を覗き見しているようかのような錯覚を覚えるほどキャラクターの気持ちに観客を接近させる脚本は見事だ。
劇的な事件は何も起こらず、他愛のない些事が繰り返されるだけだ。
→福本先生高評価です。そしてまともなことを書いています。
ところが…

作り込みがわからないほど作り込まれた演出には演劇的な要素は一切ないのだが、
それが逆に、起承転結の「転」を欠いた物語は平板で退屈でしかないということも如実に示している。
→雲行きが怪しくなってきました。そして…

「映像の純文学」を目指すのもいいが、何かひとつでいい、見る者をときめかせるような新鮮さが欲しかった。

ぶわはははwそこまで褒めといて結論がそれか!
他愛ない日常の風景のリアルさを褒める一方で「見る者をときめかせるような新鮮さ」
を求めるというチグハグさ。

『天然コケッコー』でも
「もう少しドラマチックな要素をテンポよく織り込み、エピソードに緩急をつけなければ劇映画としては物足りない」とか言ってましたがなぜこのテの映画にそんな要素を求める!

ちなみに『天然コケッコー』での福本先生へのツッコミはこちらの方がやってました。

福本先生の書いた全文はこちらから。
http://www.cinemaonline.jp/review/ken/3358.html

歩いても 歩いても [DVD]歩いても 歩いても [DVD]
(2009/01/23)
阿部 寛、夏川結衣 他

商品詳細を見る



『ウォッチメン』 2009(米)

ウォッチメン

結局、米ソ冷戦を和平に持ち込むにあたって、エイドリアンという「天才」とDrマンハッタンという「神」が主導権争いをしていたというオチ。
→イヤイヤ、そうじゃないだろ!エイドリアンは主導権争いをしようとなんて思っていない。
自分なりに世界に平和をもたらそうと考えその手段としてDrマンハッタンのパワーを利用しようとしただけだ。

そこではもはや正邪の定義が無意味となっていて、全能のパワーを持つDrマンハッタンですら自分の良心に自信が持てない様子で、彼は明らかな悪人だけを始末してきたロールシャハを殺してしまう。
→Drマンハッタンはあくまで自分の正義を貫こうとしたロールシャッハを止めるべきか悩んだ末に殺したのです。
Drマンハッタンはすでに人智を超えた存在になりつつあり、この場面は彼が残された人間性の中で世界の平和と安定を取るか、かつての仲間を取るかで葛藤するという極めて重要な場面だというのに!
ちなみに私はこの場面を「人類一人の命は地球より重いなんていうのは嘘っぱちだ」というふうに読みました。

それは価値観が定まらない現代に贈るメッセージであることは理解できるのだが、
軸足の定まらないスタンスはイライラが募るばかりだった。
悩めるスーパーヒーローはスパイダーマンひとりで十分だ。
→なんかもっともらしいことを言ってますが、そこまでの前提がそもそもおかしいです。
それと福本先生は自分が理解できないとイライラが募ります。

福本先生の全文はこちらから
http://www.cinemaonline.jp/review/ken/7169.html


ウォッチメン スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]ウォッチメン スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]
(2009/09/11)
ジャッキー・アール・ヘイリー、パトリック・ウィルソン 他

商品詳細を見る


『シャッターアイランド』 2010(米)
シャッターアイランド

細部にわたるリアルな描写と、壮大かつ理にかなった妄想。
統合失調症は決して知性の欠如や崩壊なのではなく、
小さなことも忘れない記憶力とある意味筋の通ったホラ話を作る想像力であるとこの作品は教えてくれる。

患者のイメージは、経験を元に作り上げた患者自身の脳内現象に過ぎないのだが、
本人はいたってまじめに事実だと思い込んでいる。
物語はテディ本人の精神異常を早々と予感させ、テディのアイデンティティ探しに興味を移していく。
→ここまでは珍しくまともなことを言ってます。
しかしこの先驚愕の展開が!

要するにここで描かれたエピソードはテディの本来の姿である放火殺人犯の幻覚の映像化で
オイオイマジかよ…そもそも放火殺人犯の存在そのものがテディの幻想でテディが壮大な妄想を作り上げたのは、
「精神を病んだ妻が自分たちの子供を殺してしまいさらに自らの手でその妻を銃殺した」という悲しい事実から逃れるためです。
本当にこの人本編見たのか?あんたが見たのは「マシニスト」かなんかじゃないのか?

そのあまりにもありきたりなオチは、「スコセッシなら何か新しいアプローチを見せてくれるのでは」
という予想を見事に裏切ってくれる。
→そして福本先生も同様にぼくの予想のはるか上を行ってくれました。
というかスコセッシだってそれがわからない人がいるとは思わなかっただろう。

むしろそこから感じ取れるのは、罪の意識にさいなまれているこの放火犯が、
自分自身の別人格に託した“己を罰してほしい”という願望にほかならない。
そう考えるとテディが危険を顧みずに嵐の中に飛び出したり断崖を下りたりした行動も納得できる。
「怪物として生きるよりも、いい人間として死ぬ」ことを、わずかに残った彼の良心が訴えていたのだ。
→福本先生、勝手に納得しないで下さい!ラストはいくつかの解釈ができると思いますが、結論がコレとは…。

福本先生は自分が理解できない事象が映画の中で起こると「明らかに妄想」という完璧すぎるロジック
使いますがこの評論では福本先生自信が妄想世界に入っちゃってます。

福本先生の全文はこちらから
http://news.livedoor.com/article/detail/4702124/

シャッター アイランド  [DVD]シャッター アイランド [DVD]
(2010/09/10)
レオナルド・ディカプリオ、マーク・ラファロ 他

商品詳細を見る


『ブラインドネス』 2008(日・加・伯)
ブラインドネス

突然目が見えなくなる病気が発生、感染者は隔離施設に強制収容される。
眼科医夫婦、日本人夫婦、娼婦、子供、黒人男性などが共同生活を始めるが、眼科医の妻だけはなぜか感染・発症せず、彼らの世話をする。

ただひとりの睛眼者である眼科医の妻の心境いかがなものか。
盲目となった人々が平気でゴミや汚物を撒き散らして気にも留めなくなっていくのに、それらが見える。
見えるがゆえにほうっておけず、必然的に集団のリーダーにならざるを得ない。

しかし、彼女の行為は予定調和的で、自分の運命を受け入れるまでの葛藤や苦悩をもっと描いてほしかった。
また、汚れきった建物や街の不潔さはにおいや湿度でこそ実感できるのに、
それができない映画の欠点を図らずも露呈する結果となってしまった。
→ここまではただストーリーをなぞってるだけです。
でも評論文のはずなのに八割方がストーリー紹介というのもどうかと思う。
ただ
>彼女の行為は予定調和的で、自分の運命を受け入れるまでの葛藤や苦悩をもっと描いてほしかった。
が気になります。それはアンタがただ読めなかっただけじゃないのか?
彼女は自分ひとりだけが見えることで、苦悩もしていたし葛藤もしていたように思えるけど。
ジュリアン・ムーアの熱演も福本先生の前では無駄に終わったようです。

やがて、収容所を出た彼らは、外界の人々もすべて失明し、社会が完全に崩壊している場面に遭遇する。
人々は水と食料を得るために壮絶なサバイバルを繰り広げている。

ここでも眼科医の妻は見えるという圧倒的に有利な能力で仲間を守る、いわば「ノアの方舟」状態。
だが、そこで彼女は新世界の指導者としての使命に目覚めていくのかと思いきや、
最初に発症した日本人に視力が戻り、地球規模の失明騒動は終息に向かう。
しばらくは混乱が続くだろうが、結局、また元に戻るだろうという芸のなさ。

何かへの警鐘なり、教訓なりを少しぐらい残してほしかった。

ちゃんと教訓はあるよ!

多くの人が見えなくなったことで「本当に大事な事が見える」ようになる。
一方で視力を失わなかったジュリアン・ムーアは最後までそれがわからない。

そしてやがて世界中の人の視力が回復し、逆に彼女は視力を失う事が示唆されて映画は終わる。
というかフェルナンド・メイレレスだってまさかそれが読めない人がいるとは思わなかったでしょう。

何かへの警鐘なり、教訓なりを少しぐらい残してほしかった。
なら最初に視力が戻った日本人(伊勢谷友介)の「あなたが見える(I can see you)」
というセリフに込められた意味はなんなのか。
画面を見ろ!画面を!


福本先生の全文はこちらから
http://www.cinemaonline.jp/review/ken/4950.html#more-4950

ブラインドネス スペシャル・エディション(初回限定生産2枚組) [DVD]ブラインドネス スペシャル・エディション(初回限定生産2枚組) [DVD]
(2009/04/03)
ジュリアン・ムーア、マーク・ラファロ 他

商品詳細を見る


『闇の子供たち』 2008(日)
闇の子供たち
売春宿の用心棒が商品となる子供たちを移送中に「みなしごのバラード」を口ずさむ。
彼もまた幼いころに売り飛ばされ、数え切れないほどの客を相手にしたのだろう。
その歌詞の如く、あたたかい人の情けなどとは無縁に育ち、今ではボスの手先となって自分が子供たちを搾取し、虐待する側に回っている。
過去から受け継がれた悪循環が未来へ連鎖していくという悲劇をワンシーンで表現する見事な演出だ。目の前の子どもを助けて良心を満足させるのか、大局を俯瞰するのか。
そんな日本人同士の葛藤が偽善に思えてくるほど、当事者であるタイ人には児童買春は日常の一風景になっている。ここでは人間の値段は驚くほどに安いのだ。
⇒福本さんなかなかの高評価です。ストーリーをなぞっているだけの気もしますけど。

~中略~

やがて警察の一斉手入れが入り、売春宿の用心棒も逮捕される。
連行される容疑者の中で彼だけは憑き物が落ちたように一人晴れやかな表情をしている。
彼に振られた子供をいけにえにする役割は地獄に等しい心境だったはず。
行き先が刑務所と分かっていても地獄からやっと抜け出せたという安堵感が漂っていた。
⇒ここまでは間違っていないと思います。ところが…

逆に、地獄に立ち会いながら傍観者でいなければならない苦しみに耐えかねて、南部は自殺する。
全然違います。
南部の部屋には覆い隠された一部分があって、そこにはありとあらゆる幼児性愛者の記事が鏡に貼ってありました。
それは何を意味するかというと実は南部自身も幼児性愛者でかつて罪を犯したということです。
記事が鏡に貼ってあたのはそれらの犯罪者と自分自身が鏡写しだったからです。
南部が自殺したのは自分探しの若者と軽く見たあおいたんが自分の意志を貫いたのに対し
結局自分は何も出来なかった無力感と罪の意識からだと思います。

結局、日本人には問題提起はできても根本的な解決はできない。南部の感じた無力感がひしひしと伝わってくる力強い作品だった。
⇒この映画は全て映像で語ろうとしていましたし、説明過多にならないように演出されていました。
わからなかったとう観客も割といたかもしれません。
が、南部のトラウマは劇中で数回フラッシュバックで伏線を張っていたので大抵の人はわかったのではないでしょうか。
ていうか評論家がそれを読めないのはさすがにマズイのでは?

福本先生の書いた全文はこちらから。
http://www.otello.com.ua/file/8211.htm

闇の子供たち プレミアム・エディション [DVD]闇の子供たち プレミアム・エディション [DVD]
(2009/02/25)
江口洋介、宮崎あおい 他

商品詳細を見る


福本先生ゴメンなさい

福本先生も年に2、3回はいい事言います。
下記はその貴重なサンプルです。
『グラン・トリノ』
『アマルフィ 女神の報酬』

関連エントリー
最低映画評論家「福本次郎」2
夏を感じる映画+観光案内
ストーリーの類似性 カップリングして観たい映画

コメント

あらためてすごいと思ったよ福本さん。テーマがどうのこうのと言ってるヤツに限ってテーマが読めてないのは常だけど、この人の場合、読むことすら放棄しちゃってるもんね。
わからないからってイライラを募らせて余計適当な事をいうのはやめてほしいよね。面白いけど
2010/ 08/ 31( 火) 10: 39: 40| URL| ジャック・タガード# -[ 編集 ]
 

コメントの投稿

  • URL
  • コメント内容
  • password
  • 秘密
  • 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL: http://undersiege.blog112.fc2.com/tb.php/6-c1752ee9
ブログパーツ